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vol.482-1(2010年3月3日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

ロシア惨敗の背景事情は興味深い

 バンクーバー五輪が閉幕し、日本選手団も帰国した。さまざまな出来事はあったが、今大会を振り返ってみて、ようやく不可思議な謎が解けてきたような気がする。ロシアが惨敗した背景だ。

 ロシアは今回、メダル総数15個に終わり、順位は6位。金メダル数はわずか3個で金の獲得順位では11位に沈んだ。次回開催国がこれほどまで落ち込むとは予想外だ。4年後を見越して積極強化を促し、「強いロシア」の復活をバンクーバーで見せつけるのではないかと思われたが、当ては外れた。

 大会中、AP通信が興味深い記事を配信した。「もはやフィギュアスケートで、ロシアはトップの力を持ち合わせていない」。そんな見出しの記事に登場するのは、1994年リレハンメル、98年長野五輪のアイスダンスで連覇を果たしたエフゲニー・プラトフの話だった。彼は今、米ニュージャージー州のプリンストンでコーチをしている。

 プラトフの話によると、700人ものロシア人コーチが世界各国に散らばっているという。日本、ドイツ、米国……。浅田真央を指導するタチアナ・タラソワ、安藤美姫のコーチ、ニコライ・モロゾフはその一例だろう。ソ連時代の強化システムは一時的にはロシアに引き継がれたが、今やその影もなく、強化のノウハウは世界各国の選手へと伝授されている。冷戦崩壊後の人材流出はとどまることがなかったのだ。

 ロシアは、世界に流出した優秀なコーチをソチ五輪に向けて母国に呼び戻そうとしており、プラトフにも声が掛かっているという。政府はスポーツへの積極介入の姿勢を見せ始めているが、国家権力を使ってそんな強引なことができるのだろうか。

 プーチン首相は「真剣な分析と対応策が必要だ」と述べ、「ソチ五輪で実績を上げられるような条件づくりをしなければならない」などと語ったことがモスクワ発のニュースで伝わってきた。さらに恐ろしいのは、メドベージェフ大統領が、今回の結果を受けて、競技団体役員の辞任を求めたという事実だ。

 メドベージェフ大統領は「五輪準備にかかわった人々は責任を取らなければならない。それは明白だ」と語ったとされる。どこかの独裁国家のようだが、スポーツに対する国家の介入とは、そういうことである。

 日本はメダル5個というまずまずの成績を収めたが、韓国や中国のように大きな躍進を遂げたわけではなく、日本オリンピック委員会(JOC)はまたも国家支援の必要性を繰り返し声高に叫んでいる。

 昨年の政府の事業仕分けでJOCへの補助金が削減されたことが危機感の背景にあることは理解できる。しかし、国に強化費を求めるということは、政府がスポーツに口出しできる状況を作ることにもつながる。メダル獲得のために税金を使ってほしい、と陳情ばかりしていれば、いつかはJOCの役員が「メダルを獲れなかった責任を取って辞めろ」と政治家から言われる日が来るかも知れない。それでスポーツの独立性は維持できるのだろうか。

 スポーツ環境の整備に税金を注ぐことは否定しない。たとえば、ジャンプ競技をする子どもたちが激減しており、将来は国体やインターハイでの実施も難しくなってくる、という話を聞いた。ジャンプだけではない。長野五輪から12年経つが、冬季競技の裾野が広がったという印象は全くない。いったい、どこにカネをつぎ込むべきか、徹底して考えてほしいと思う。

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