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嘉納治五郎杯国際柔道大会 2006 男子/-90Kg ファン・ヒーテ(KOR)


(C)photo kishimoto


嘉納治五郎杯
国際柔道大会 2006
男子/-90Kg
ファン・ヒーテ(KOR)

SPORTS IMPACT
  オリジナルGALLERY
(C)photo kishimoto
vol.285-1(2006年 1月18日発行)
岡 邦行/ルポライター

“スポーツを楽しむ”という言葉にかくされた意味

杉山 茂/スポーツプロデューサー
   〜キックオフに優る開会式なし〜
岡崎 満義/ジャーナリスト
   〜「ミステリアスな選手でありたい」〜
松原 明/東京中日スポーツ報道部
   〜「殿堂入りの明暗」〜
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“スポーツを楽しむ”という言葉にかくされた意味
岡 邦行/ルポライター)

 「思いきり楽しみます!」「楽しむことができました!」―。

 試合前や試合後に、レポーターが差し出すマイクを前に若いアスリートたちは、以上のようなセリフを口にする。今や定番になっているといってもいいだろう。

 正直、私は、このセリフを耳にするたびに鳥肌が立つ。あまりにも陳腐なコメントだからだ。一流のアスリートならもっと気の利いたコメントを口にすべきではないか。

 「楽しみます」とか「楽しみました」というセリフは、口から発するものではない。とくに勝者であれば、たとえ思っていてもグッと抑える。のみ込む言葉ではないか、と。そう私は考えている。「Winner Take Nothing」とヘミングウェイがいったように、勝者には何もやらなくてもいい、勝者は何も口にしなくともいい、それだけで美しいのだから・・・。

 日本選手初の五輪3連覇を達成している柔道の野村忠宏(60`級)が、2年後の北京五輪での4連覇を目指して現役続行することに決めた。

 丸2年前。03年の師走だった。アテネ五輪出場を目指し、シドニー五輪以来、実に2年2ヵ月ぶりに講道館杯で復活した際に野村を取材した。

 「・・・よく最近の若い人は『試合を楽しみたい』なんていっている。でも僕は、試合を楽しみたいと思ったら柔道を引退するときだと考えている。試合をやるのは怖い。怖いからつづけるんです。試合の前になると眠れないほどの恐怖心を覚える。だから、現役をつづけてアテネを狙いたい。楽しみたいのではなく恐怖心と闘いたい・・・」

 在籍するミキハウス本社の応接室で野村は、強い視線で私を前にいったのを忘れない。

 そして、この正月。私は、久しぶりに福島の実家に帰省し、箱根駅伝をテレビ観戦しながら執筆した。昨年の春、そして秋に何度か取材をさせていただいたバスケットの萩原美樹子さんについて書かなければならなかった。

 ご存知のように萩原さんは、10年間に亘って選手生活をつづけ、世界選手権大会やオリンピックなど多くの国際大会を経験。そのうち2シーズンは日本人選手として初めてWNBA(全米女子プロバスケットボールリーグ)でプレイしている。引退後の萩原さんは、30歳になる直前に早稲田大学第二文学部に入学。昨年春に卒業し、さらに早稲田大学大学院人間科学研究科に進んだ。

 「若い選手や子どもたちを前にし、バスケットの講習会やクリニックなどをやっていると、ふと考えるんですよね。『バスケットはいいものですよ』『スポーツは楽しいですよ』なんて、心の底から本音でいっているのか、って。たしかに私は、現役時代にいろんな体験をして経験を積んできている。しかし、経験だけを頼りに指導をしたり、言葉で伝えるのは怖いような気がするんですね。指導者は、スポーツを通していかに人間形成に携わるかだと思いますから・・・。もちろん、今後の私は『スポーツはすばらしい!』と大声で叫びたい。そのためにも、これからの指導者は、きちんとした理論を身に付けていないと・・・」

 悩んだ末に萩原さんは、大学院への道を選択した。友添秀則教授に師事し、スポーツ倫理学を専攻したのだった。

 そんな萩原さんの人生を私は辿った。原稿に書いたわけだが、現役時代の萩原さんが心の中で繰りひろげた自分自身との葛藤を垣間見た。昨年12月中旬発行の「体育科教育」1月号に掲載されていた萩原さんの原稿を、私は執筆するに当たっての指針にした。萩原さんは「相手を負かすことが『スポーツの楽しさ』なのか」というタイトルが付けられた原稿で、師事する友添教授との往復書簡の形で綴っていた。抜粋してみる。

 《・・・「スポーツの楽しさ」が、相手を負かすことのうえに立脚していると考えてしまうと、私はいまだにちょっと身動きが取れなくなります。特に子どもにバスケットを教える時には。

 現役中、こんなことがありました。1対1の練習を「負け残り」方式でしていました。つまり負けた方がずっとディフェンスをし続けなければならない。勝てば次の人と交代して休めるというやり方です。私はその時オフェンスで、4つ下の後輩がディフェンスでした。私は彼女のディフェンスの難点や自分が技術上で彼女に勝っているポイントなどを把握していたので、難なく彼女に勝つことが出来ました。でもそのとき彼女の必死の形相を見て、ふと「私はこうやってずっと人に勝ち続けていかなければならないのか。必死で当たってくる一人一人の選手を、一瞬一瞬の局面で負かし続けなければならないんだろうか」と思ったのです。(中略)

 バスケットに限らずあらゆる競技は、一瞬一瞬の局面におけるプレイヤーの小さな「勝ち」の積み重ねが、最終的にゲームの勝利につながっていきます。「勝つ」という概念には相対的に必ず「負け」る相手がいるわけですよね。自分と同じように一生懸命やっている相手を「負かしなさい」と教えること、勝敗が必ずつくのがスポーツだとしたら、スポーツを楽しむということは「相手を負かすことを楽しみなさい」ということにつながらないのだろうか。どうにも躊躇してしまいます》

 以上の一文を読んだだけでも、私には萩原さんが「スポーツ倫理学」を専攻し、追究する理由が理解できた。同時に、生意気にも私自身が若いアスリートに向かって「スポーツを楽しむ? 冗談じゃねえだろう!」という心の中での叫び声を、改めて萩原さんが説いてくれたような気がした。

 ちなみに元NHKアナウンサーでスポーツジャーナリストの島村俊治さんは、次のようにいっていたと記憶する。

「・・・欧米の選手は“エンジョイ”という言葉をよく使います。これは“リラックスして楽しもう”ではなく“身も心も捧げ尽くそう”という意味だと私流に解釈しています・・・」

 開催まで約20日と迫ったトリノ冬季五輪では、何人のアスリートが「思いきり楽しみます!」「楽しみました!」といった調子の味気ないセリフを口にするのだろうか?


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