5月第2週の女子ゴルフツアー「ヴァーナルレディース」で、13アンダー、ぶっちぎりで優勝した宮里藍選手。優勝の秘密は前夜読み返した『夢をつかむ イチロー262のメッセージ』(ぴあ刊)の中で共感した「実力差を見せつける時は、見せつけろ」という言葉を頭の中で繰り返していたことだ、と日刊スポーツ(5月16日付)が伝えている。
同紙によれば、5月はじめの「カトキチクイーンズ」で優勝した米山みどり選手も、この本を読み、心が洗われる思いだった、という。『夢をつかむ イチロー262のメッセージ』は新書判278ページ、1ページの中に1行からせいぜい4行、20字から120字程度の言葉が印刷されている。句集か歌集を読むような感じの、箴言(しんげん)集といったおもむきの本だ。
読みやすい本だが、一節一節の言葉は強い力をもっていて、読む者に思わず自分をふりかえらせる。この本を読めば、もちろんイチローの心技体の一端がほの見えてくるのだが、それよりもむしろ、イチローのひとつひとつの言葉に触発されて、自分自身についてあれこれ考えさせられる、珍しく内省的な本である。
「自分が変わろうとすることは、なにもありません。今ある能力を、しっかり出せる状態を常に作っておくことが、これからも、ずっと目標になると思います」
「人のアドバイスを聞いているようでは、どんどん悪いほうにいきます。まわりは、前のフォームがどうだったとかいいますが、実はそんなことはたいしたことではなく、精神的なものが大きいと思います。どうやって気分を替えるかとか、そういうことが大事ですからね」
「精神の成長については、証明できないので、はっきりこれだとはいえません。自分で作るものでなく、経験を経て勝手にそういう状態になるものですから」
「ぼくは天才ではありません。なぜかというと自分がどうしてヒットを打てるかを説明できるからです」 「世の中の常識を少しでも変えるということは、人間としての生き甲斐でもありますから」
それぞれある具体的な状況下での発言なのだが、その状況をはずしても通用する。どの言葉をとっても、実に刺激的で、読む人を挑発する内容を持っている。スポーツ選手だけでなく、一般の人にとっても、さまざまな連想を誘う魅力がある。深い生命の井戸の底の底に、言葉のおもりを少しずつ吊り下げていっているようなシンとした感じがこの本にはあって、スゴイと思う。
30歳そこそこの若者が、どうしてここまで自己省察的、観想的な言葉をつむぎ出せるのか。人生の知識、知恵を、本を読むことだけで脳内にとりいれるのではなくて、スポーツという、たえず心技体のバランスの中で自己表現をはかる“体得型”の教養形成が基本にあるからだろうか。
「誰かを勇気付けようとしたものでもなく、自分を満足させようとした結果、世の中の人に、なにかを感じてもらえて、楽しんでもらえたわけです」
長嶋茂雄がいつでも、いかにファンを満足させることができるかを一生懸命考えてプレーした、いわば“遠心力の人”とすれば、イチローは極限の「私」を求める“求心力の人”といえるかもしれない。
「いい記者になるためには、質問は、自分で考えなければいけません。人はみんなそう成長するのですから。いい質問だけにして下さい」と、勉強不足のジャーナリストたちに、クギを刺すことも忘れていない。 |