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vol.272-1(2005年 10月12日発行)
岡崎 満義/ジャーナリスト

長嶋茂雄と戦後日本

杉山 茂/スポーツプロデューサー
  〜昔ばなしになる「コマネチの10点」〜
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長嶋茂雄と戦後日本
岡崎 満義/ジャーナリスト)

 10月10日夜、NHKTVで、昭和49年10月14日、後楽園球場で行われた長嶋茂雄引退イベントを取り上げたドキュメント「あの日を抱きしめて」を見た。

 イベントを演出した巨人広報の小野陽章さん、同日、爆弾テロで瀕死の重傷を負った警視庁愛宕署刑事・田中正一さん、アルバイトで新聞配達をしていた大学生・山崎さんの3人の熱烈長嶋ファンを中心に、視聴者から寄せられた思い出メッセージで、「その日」と31年後の今日をダブらせて構成したドキュメントであった。

 その中で、警官の田中さんが、昭和34年の天覧試合、長嶋があのサヨナラ・ホームランを打った試合で天皇の警備をしていた、というエピソードにはびっくりした。

 また、小野・巨人広報が引退セレモニーを演出するにあたって、ゲーリー・クーパー主演の映画「打撃王」(ルー・ゲーリックの伝記)を参考にした、というエピソードも初めて知った。

 番組のウェイトは、31年前の長嶋引退にまつわる庶民の、その時代に対するなつかしさを浮き上がらせることに置かれているようであった。画面から、たしかになつかしさは感じられたが、やや感傷的で、どこかとりとめのない、落着かなさがあった。

 31年前の映像はなつかしい。しかし、それを31年後にふりかえる人たちのメッセージが、映像にうまく寄り添わないように思った。スーパースター長嶋茂雄がいた時代を語るのならば、もっと語る人の長嶋その人に対する熱い思いが強くでてこないと、漠然としたなつかしさ、どの時代に対してももつであろうなつかしさ一般になってしまう。ドキュメントとしては、そこが十分に考え抜かれていないように思った。

 私は「長嶋茂雄」を通して、戦後日本を考える。私にとって、戦後を考える上で、長嶋以上の人はいない。

 昭和34年(1959)、昭和天皇の目の前で、「天覧試合サヨナラホームラン」を放った長嶋は「あの天覧試合で、マイナーだった職業野球から、メジャーなプロ野球に変わった」と言う。この年4月、皇太子・美智子妃のご成婚、テレビ時代の幕明けとなった。各出版社から週刊誌がどっと創刊され、テレビ・週刊誌というマスコミ時代の“あぶない”主役が出揃った。

 15年後の昭和49年(1974)、長嶋現役引退の年に、小野田寛郎元少尉ルパング島より生還、ゴーマン美智子ボストンマラソン優勝、長谷川町子「サザエさん」新聞連載休載、セブンイレブン第1号店出現、五輪憲章からアマチュア規定削除、朝日カルチャーセンターオープン。文藝春秋11月号に立花隆「田中金脈の研究」がのり、12月に田中角栄氏は首相辞任。ウォーターゲート事件で、ニクソン米大統領も辞任。この年は、日本社会の体質が大きく変わった。

 天覧試合から45年後の平成16年(2004)、皇太子が「雅子のキャリアや人格を否定する動きがあった」と発言。イチローが米大リーグ年間最多安打262本を記録。プロ野球ではストライキがあり、楽天イーグルスの誕生もあった。長嶋は脳梗塞で倒れた。

 戦後日本は確実に「共同体」社会から「個人」社会へと移っている。その節目節目に、長嶋が見える。「長嶋と戦後日本」のホップ(1959)・ステップ(1974)・ジャンプ(2004)である。

 長嶋茂雄はなぜ、こんなに日本人から愛されるのか。“人間天皇”は日本国の象徴となった。同様に、長嶋茂雄は戦後日本の象徴となったのだ、と思う。病気に倒れても、長嶋はなお時代の象徴性を失っていない。ホップ・ステップ・ジャンプの「長嶋と戦後日本」の次は何だろうか。


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