今、日本で最高の知識人をひとりあげよ、と言われれば、私はためらうことなく、美智子皇后、と言う。考えの深さ、感性の鋭さ、情の細やかさ、あたたかさ、行動力、それらの要素をすべて備えたスーパー知識人、と言いたい。 たとえば平成10年、第26回IBBY(国際児童図書評議会)ニューデリー大会での基調講演「子供の本を通しての平和−子供時代の読書の思い出」は、ふたつとない卓越した読書論である。こんなに情理をつくした、そしてなつかしい感じのする読書論には、まずお目にかかれない。 歌人としても一流。「彼岸花咲ける間(あはひ)の道をゆく行き極(きは)まれば母に会ふらし」は亡き母を思う絶唱だが、スポーツにもちゃんと目が向いている。「ゴール守るただ一人なる任にして青年は目を見開きて立つ」は、'98年のサッカーW杯フランス大会を(多分テレビで)見てできた作品だろう。歌われているのは、ひょっとすると、川口能活選手かもしれない。 美智子皇后は10月20日、71歳の誕生日を迎えられた。迎えるにあたり、恒例により、宮内記者会の質問に、文書で答えられている。 その中の一節−「清子(紀宮)は、私が何か失敗したり、思いがけないことが起こってがっかりしている時に、まずそばに来て『ドンマーイン(注=気にかけないで、の意)』とのどかにいってくれる子供でした。これは現在も変わらず、陛下は清子のことをお話になる時、『うちのドンマインさんは・・・』などとおっしゃることもあります。あののどかな『ドンマーイン』を、これからどれ程懐かしく思うことでしょう」(10月21日付朝日新聞)。 なんという心あたたまる言葉だろう。そしてこの「ドンマーイン」というフレーズに、私はなつかしい記憶を呼び覚まされた。 小学校から中学校の頃、野球少年だった私は、試合のとき「ドンマイ、ドンマイ」と大声を上げていた。味方にエラーがでたときなどに、へっちゃら、へっちゃら、気にするな!という位の意味で「ドンマイ、ドンマイ」と声をかけあったものだ。もうひとつ、よく使った言葉は「バッター、プア、プア」。相手打者はへなちょこだぞ、と言う意味で使った。プアはPOOR(哀れな、下手な)であろう。正確な意味を考えることもなく、先輩の口真似で使っていたように思う。 今でもこんな言葉を、中学生たちは野球の試合で使っているのだろうか。こういう言葉は、どことなく終戦直後の匂いがするから、もう使われてはいないような気がする。 長嶋茂雄選手の出現で、使われる横文字も変わってきたように思う。ガッツ、ハッスル、ネバー・ギブ・アップ・・・など、自分をはげます、前向きの、積極的な横文字の使用がふえたのではないか。
そんなことをあれこれ考え、「ドンマーイン」によって、しばし幸福な気分に浸ることができた。 |