われながら少しくどいな、と思うのだが、もう一度、女子マラソンで復活を果たした高橋尚子選手のことを書いておきたい。 今年5月に、彼女は恩師・小出義雄監督から独立して「チームQ」を結成、新しい自立の道を歩み始めた。チームは高橋+3人。自ら選んだ3人は、練習パートナー兼コーチの藤井博之さん(34)=12月4日の福岡国際マラソンで12位(2時間12分11秒)に入った、トレーナーの西村礼さん(32)、食事・栄養担当の佐藤直子さん(25)。みんな気心の知れた仲のようだ。 3年後の北京オリンピックを目指して、何度も合宿している米・ボルダーに、6,000万円で新しい家を建て、今後、そこを練習拠点にするという。「AERA」12月5日号によれば、高橋選手は次のように語っている。 「年の近い男女4人が一緒に暮らしているなんて、変に思われるかもしれませんが、私にとってかけがえのない人たち。1日1日を楽しく充実させて過ごしながら、北京を視野に入れてがんばりたい。」 昔ならたしかに、年の近い若い男女4人がひとつ屋根の下で長く暮らす共同生活、などといえば、下司のかんぐりが吹き出したであろうが、今はそんなことはないだろうと思う。ゆるやかな友情に結ばれた男女4人のチームとしての自立的な動きは、師弟関係とはひと味ちがった、新しい可能性が期待できる。タテの関係―強い指導者と従順な選手という家父長的な組合せが、これまでの日本のスポーツの常識だったが、はじめてヨコの関係、それも男女各2人ずつの、それぞれ専門分野をもつ四角形チームの誕生は、何か明るい、新しいものを予感させる。 スポーツ界、とくに女子スポーツ界のセクハラは、ときどき表面化する。それは氷山の一角だともいわれ、実態は明らかになっていない。今から11年前、女子バレーボールの名指導者といわれた山田重雄監督(当時63歳)に、セクハラ事件が持ち上がったことがあった。週刊ポスト誌に「告発された全日本女子バレー山田元監督“密室の性的恥辱”事件」と、大きく報道されたのには、本当に驚いた。これはショックだった。 山田監督には2回ほど取材したことがあった。1976年モントリオール五輪で、白井・松田コンビを中心に、圧倒的な強さで1セットも落とさず優勝した山田監督をインタビューすると「彼女たちに言ったのはひとこと、お前たちが勝つことは、日本の働く女性たちに大きな喜びと勇気を与えるはずだ。そのつもりで戦え。それだけ言って、試合中は特に細かな指示は出しませんでした。それくらい、ズバ抜けた実力をもったチームでしたから」との答えが返ってきた。何ともカッコよかった。働く女性たちのために勝て、とは、まだ男女雇用機会均等法もなく、男女共同参画社会などという言葉も行政の中になかった時代の言葉として、私は強い印象をもった。 その監督がこともあろうにセクハラとは―と、ほんとうにびっくりした。このセクハラを取材したあるスポーツライターの言葉の中に「強いチームを管理するのは、独得の男女観があった。チーム内に夫婦以上のものを作っておかなければならぬ。男女において肉体関係以上の信頼できるものはない、と考えていた」とあるのを読んで、仰天した。 「夫婦以上のもの」とだけ言われれば、あるいは大松博文監督ひきいる“東洋の魔女”たちを思い出したかもしれない。あれはまさに家父長的な、戦争体験に裏付けられた強烈な父娘関係だったかもしれない。しかし「男女において肉体関係以上の信頼」はない、という言葉は私の理解を超えた。1対1ならまだわかる。チームスポーツでそんなことがあるはずがない―。悪い夢を見ているような気持ちだった。スポーツ・ユートピア妄想としか思えない。 「チームQ」にはぜひ、男女の新しい信頼関係のありうること、それによって大きな成果が上がることを、私たちに見せてほしいものである。 |