もう同じことを繰り返すのも嫌になってきたが、それでも言わずにはいられない。テレビのスポーツ中継によけいなものをつけ加える風潮は、いいかげんに消えてくれないものだろうか。
もともとテレビは、ひとつのやり方が出てくると、すべてが同じことを始める。スポーツの国際大会では、スタジオにタレントを集め、総合司会や応援をさせる方式がそれにあたる。オリンピックでもW杯でも世界陸上でも世界水泳でも世界柔道でもそうだ。
スタジオの彼らは、競技の中継がひと区切りつくたびに登場して、大げさに喜んだりがっかりしてみせたりする。「感動のあまり」涙を流すのもお決まりだ。現場にもタレントふうの元選手や女子アナを配して、同じように盛り上げにかかる。
だが、本当にそれで盛り上がっているのだろうか。
テレビ側の論旨はいつも同じだ。それで競技になじみのない視聴者にも関心を持ってもらうというのである。しかし、いかにも上滑りしているオーバーな表現や陳腐な決まり文句を並べて雰囲気をあおろうとしても、それでは競技の本当の魅力や感動をストレートに伝えることはできない。スポーツでは実際のプレーやパフォーマンスそのものが絶対の主役なのに、スポーツを題材にしたバラエティーふうの番組をつくろうとするのでは、本来の面白さ、素晴らしさはかすんでしまうばかりなのだ。
どうだろう、どこかの局でまったく違うことをやってみては・・・。
タレントの総合キャスターやら応援団やら、はしゃぐだけのレポーターやらにはすべてお引取りいただく。登場するのは、腕ききアナウンサーと辛口の解説者、もし必要なら現役の事情に詳しい元選手といったところにとどめる。そして、競技の模様を詳細かつ冷静に、あらゆる種類の映像を駆使して伝えるのだ。スポーツにおけるテレビの力はきわめて大きく、以前は考えられもしなかったところまでカメラが入れるようになっている。そうしたものを見せてくれれば、タレントのおしゃべりなど流すまでもない。もし時間が空くようなら、過去の競技の貴重な映像がいくらでもあるだろう。
肝心なのは、それを事前にはっきりと伝えておくことだ。今回はスポーツ中継の原点に立ち返って競技だけに焦点を絞る、他の中継とは明確に一線を画すると宣言するのである。ファン必見の純粋なるスポーツ番組というわけだ。いまの風潮の中で、これはいやでも話題になり、注目を集めるだろう。本来、よそとは違うものを常に追い求めるのがメディアの本質であり、存在価値なのではないか。
スポーツだけでなく、テレビは総じてバラエティー全盛である。政治も選挙も事件もバラエティー仕立ての番組になっている。それは確かにひとつの新しいアイディアだったに違いない。
が、視聴者はさすがに飽きてきていると思う。どのチャンネルでも、どの分野でも、同じような顔ぶれの同じようなつくりの番組を見せられるのだ。そろそろ変えどきではないのか。
そして、ものごとがあるところまで行き着いた時には、とりあえず原点に帰るのが鉄則のはずである。
|