ロサンゼルス市が、2016年に、3回目の夏季オリンピックを招致する計画を発表した(9月7日)。興味深い。 1932年に次いで2回目となった84年の大会は、「商業オリンピック」のカラーを一気に強めた、として記憶される。 この時は、財政面で、招致−開催までにさまざまな問題が生じた。 負担が大きいと、市当局が市議会に「撤退」を勧告したり、国際オリンピック委員会(IOC)が地元組織委員会に対し、放送権料を定められた比率で納入するよう望んだり、騒がしかったものだ。 今回の発表は、そうした心配がないとの前提だろうが、2012年の開催に名乗りをあげていて敗れたニューヨーク市は、正式に再立候補を断念したのか、アメリカ国内では、ほかにも「2016年」を目指している都市があるのではないか、など不鮮明な部分ものぞける。 IOCの現体制は、開催都市の大陸ローテーションにこだわらない考えを打ち出しているが、2000年オセアニア、04年ヨーロッパ、08年アジア、12年ヨーロッパと廻って来た(来る)だけに、16年のアメリカ大陸はチャンスがふくらんではいる。 ヨーロッパ圏では、1960年以来になるローマ市と、初を目指すミラノ市のイタリア両都市が招致の意向を明らかにしており、マドリード市(スペイン)もあきらめてはいない。 2012年の開催地には世界9都市が候補となったが、16年は早くも激戦の様相だ。 64年の東京都開催のあと、名古屋市(88年)大阪市(08年)と失敗を重ねた日本も、この輪の中へ入ろうとしている。 日本オリンピック委員会(JOC)筋は“最終地点”を2020年に設定しているともいうが、たしかに、「初打席ホームラン」は難しい。64年の東京都も、60年に立ち“完敗”のあと、次の機会をつかんだのである。2016年に割り込めたとすると日本では52年ぶり、20年ならば56年ぶり。間隔としては充分な印象だが、オリンピックムーブメントに日本がどのように寄与し、新しい時代の扉を開けられるのかを強くアピールできるかがカギだろう。 最近のケースで、パリがロンドンに、北京がシドニーに、アテネがアトランタに敗れたような、“番狂わせの背景”を探る必要もある。 ロサンゼルス市は、前回、無競争で開催地に決まったが、そのあと次々と繰り出した妙手で「商業オリンピック」を築き上げた。2016年に“参戦”してくるとなると、その動きから目を離せない。日本も出ようとしているだけに、よけいである―。 |