女子フィギュアスケート、荒川静香選手の金メダルはみごとだった。他の競技は2、3の種目をのぞき、惨敗に近かったから、群鶏の一鶴、というところだ。メダルの金色がひときわ輝いて見えた。NHKスペシャルで早速、荒川選手のこれまでの歩みを紹介し、これも仲々面白かった。 ショートプログラムで1、2位のコーエンとスルツカヤが、肝心のフリーで転倒したこともあり、3位からの大逆転は、実力はもちろん、精神力と幸運があったから、というのが衆目の一致するところだ。 開会式でパパロッティが歌ったプッチーニ作曲「トゥーランドット」を、フリーの曲に使ったことに、荒川自身も「運命的なものを感じた」と語っている。彼女の演技に、スタンドの観客のスタンディング・オベーションがものすごい、とアナウンサーは実況していたが、パパロッティと荒川を結ぶ「トゥーランドット」の曲が、会場のイタリア人ファンの心をふるわせた、ということもあったかもしれない。 本番フリーで自分のもっているものをすべて出しつくし、最高の演技をしてみせた荒川選手の精神力の強さは、一体どこからくるのだろうか。彼女は「クール・ビューティ」と親しみを込めて呼ばれたぐらいだから、その冷静さは天性のものかもしれない。 私がテレビで見、新聞を読んだかぎり、荒川選手の精神力の強さを示すキーワードは、「イナバウアー」である。 両足を真横に大きくひろげ、上半身を深く反らせて滑走するこの技は、彼女の専売特許らしい。その技を最大限に発揮して、一度は世界選手権で優勝している。ところがこんどのトリノ五輪では、「イナバウアー」は難易度の高い技とは見做されず、加点対象にならなくなった。 彼女は大いに悩んだようである。自分らしいスケートには、イナバウアーが欠かせない。しかし、それは加点されない。オリンピック間近の12月になってから、コーチを変えたのも、そんな悩みがあったからではないか。 そしてついに、彼女はこれまで通り、イナバウアーを演技に取り入れることを決断した。多分、大きな賭けであったに違いない。それでも彼女は、自分らしい美しいスケーティングには、得意技のイナバウアーが必要だ、と考えたのだ。加点対象の技ばかりを追わない。メダルのことよりも、自分で美しいと信じるスケーティングのスタイルを優先させたといえる。 この決断に、大げさに言えば、荒川選手は人生を賭けたのだ。イナバウアーという、今や得点に加算されない技を取り入れた姿に、私は「無用の用」といったものを感じた。一見役に立たないように見えて、大きくみれば実は大変役に立つ、という「無用の用」を、彼女は自分らしいスケーティング・スタイルの中に発見したのではないか。「無用」は「無駄」ではない。人生には「有用の用」ばかりではないよ、「無用の用」という大事なものもあるんだよ、と教えられた気がする。 彼女の精神力の強さはそこにある、と私は思った。 |