毎年恒例、MLBのオールスター戦前日に行われるホームランダービーは、来年のベースボール・ワールドカップを盛り上げるため、国別対抗戦で行われ
た。ベネズエラ代表のボビー・アブレイユが1回戦で24本というとてつもない記録を打ち立て(これまでの記録は15本)、決勝まで一気に突っ走って優勝した。 アジアからオールスターに唯一参加し、試合でのホームランこそ少ないものの、バッティング練習ではホームランを連発することで有名なイチローの参加
が期待されたが、ペナントレースの調子を崩すとして本人が辞退したのは残念きわまりない。 もしイチローが参加していれば、結果はどうあれ、体格の劣るバッターでもホームランを打てること、さらには上半身を使ったバッティングが主流の
MLBで、イチローのように下半身を使ったホームランの打ち方を披露できる絶好のチャンスであった。 オールスターゲームでは0−3の後の明らかなボールをファウルしてまでバッティングを披露しようとするほどファンサービスを気にかけているイチロー
だけに、辞退するという決定は簡単なものではなかったはずだし、それだけ大きな負担がかかるのだろうことは想像できる。それでも多少の無理をしてまで出 場して欲しいと思っていたのは筆者だけではないはずだ。国別対抗戦が定着するかどうかにもよるが、来年以降にぜひ期待したいものである。
さて、優勝したアブレイユである。日本でも放映されたと思うので気がついた読者もいたと思うが、彼の勝因はバッティングピッチャーを信頼しきったこ
とにつきる。他の出場選手が好球を待って何度も見送っているのを尻目に、ほとんどの場面で1球おきに必ずバットを振っていたのである。 まず、1球目は必ず外角。アブレイユは全く打ちに行かない。打つそぶりさえ見せず、球のスピードを見極め、リズムをとるだけである。そして2球目、
球は必ず内角に来る。アブレイユは球筋を見てから打つかどうかを考えることもなく、迷わずにバットを振り抜く。たまにピッチャーが2球目のコントロール をしくじって外角球が来ると、必ずといっていいほど、ホームランは出ない。
つまるところ、ホームランになるかどうかは、ピッチャー次第なのだ。小さな子どもにバットを持たせて大人がボールを投げる時、バットにボールが当たるかどうかは、ボールを投げる大人次第なのと同じなのだ。
試合中の打席ではなく、ホームランでなければ意味がないホームランダービーである。球筋を見てからバットを振るかどうか考えるより、最初から振ると
決めてかかった方がいいスイングができるのは道理である。ピッチャーのコントロールが信頼でき、さらに好きな球がくれば間違いなくスタンドに運べる技量 があって初めてできる芸当ではあるが。
このピッチャー、背番号は85、Hendersonと書かれているがいいおじさんである。調べてみるとアブレイユの所属するフィリーズのブルペンコーチ、かつアブレイユの専用バッティングピッチャー、ラモン・ヘンダーソンである。1983年からフィリーズで8年間プレーした内野手であり、ホーム
ランだービーではアブレイユが所属するベネズエラとはライバルのはずの、ドミニカ共和国出身。選手としては大成しなかったが、その後マイナーリーグや母 国ドミニカなどのコーチを経て、フィリーズにブルペンコーチとして返り咲いた。
ヘンダーソン「投手」、この晩はなんと155球を投げ、バッティングケージでのウォームアップを含めると200球は越えたに違いない。アブレイユの
バッティングピッチャーを務めるようになってから8年にもなるという。2人の息の合ったパフォーマンス、むべなるかなである。インタビューに対して、「ボビーにはもう8年も投げてるからね。でも、24本はすごいよね。」と人ごとのように答えたという。
イチローがホームランダービーに出場を打診されていた頃、「もし出ることになれば、誰か連れて行かなければならないでしょうね」と話していたが、その程度の覚悟では、出場したとしてもアブレイユに勝つことは難しかっただろう。1人の力が2人の力に勝てるはずがないのだから。 |