ラグビーの日本代表が1週間のうちに2人も逮捕される前代未聞の不祥事が起きた。1人は18歳のトンガ人、もう1人は24歳のニュージーランド人。いずれも外国出身ながら代表入りした選手である。
トンガ人選手が逮捕されたのは、東京・秩父宮で行われた8日の香港戦の夜。ニュージーランド人選手は15日に韓国・江原道であった韓国戦を終え、帰国した直後の出来事だ。ともに東京・六本木の路上で暴力をふるった疑いがかけられ、麻布署に拘留された。
外国人が多く集まる歓楽街だけに、六本木に行けば、外国人選手の気も緩むのだろう。代表選手としての自覚を問われるのは当然だ。ただ、今回の事件を通じて考えさせられるのは、日本のラグビー界、スポーツ界は外国人選手をどういう存在として扱っているのか、ということだ。
くしくもニュージーランド人選手が逮捕された同じ日、日本外国特派員協会で、ラグビーの2011年ワールドカップ日本招致委員会の記者会見があった。招致委会長の森喜朗・前首相とともに会見に臨んだ平尾誠ニ・招致委ゼネラルマネジャーに、外国人記者から「なぜ日本代表には外国人選手が多いのか」という質問が飛んだ。
ラグビーはサッカーとは異なり、ある国に3年以上続けて居住したら、その国の代表として国際試合に出場できる。平尾氏は「(外国人の起用は)ルールの中で行われています。私が代表監督の時も5〜6人いて多すぎると言われたこともある。でも、日本代表は過渡期にあり、外国人選手の力を借りる中で強化を図っているのが現状です」と説明した。
フォワードに外国人がいるといないでは、密集での当たりの強さも違ってくる。バックスに俊足の外国人ウィングがいれば、大きな得点源にもなる。しかし、単なる「助っ人感覚」だけで外国人選手をチームに入れているのだとすれば、それは寂しいことだ。
ラグビーの世界が国籍の規定に寛容なのは、国籍よりもスポーツを通じての人とのつながりを重んじているからではないのか。 これまで見た外国人選手の中で印象深いのは、たとえば、サッカーのジュビロ磐田に所属したブラジル代表主将、ドゥンガだ。彼はピッチの中で味方選手を常に大声で怒鳴りつけていた。サッカーに対する厳しさ、闘争心はしだいに日本人選手にも浸透し、チームは常勝軍団へと成長していった。ブラジル代表の技術的な能力だけに頼っていたら、あれほどのチームは完成しなかっただろう。そこには国籍を超越した一体感が感じられた。
今回事件を起こした2人は、日本生活が3年を過ぎ、今季から代表入りしたばかりの選手だった。ワールドカップを目指す日本代表の一員であることに誇りを感じていたなら、あのような軽率な行動は起こさなかっただろう。80人近くが選ばれた今年度の代表候補(スコッド)のうち、外国人は11人を占める。今こそ桜のジャージーと外国人選手のことを真剣に考えてみる機会かも知れない。 |