ついにテニスのライン際判定にビデオテープが導入された。3月末、アメリカ・フロリダ州で行われていた男女ツアー大会で試みられ、グランドスラムでは今秋の全米オープンでの採用がすでに決まっている。
たしかに、プレー(打球)の高速化は、ラインの中側か(イン)、外にはずれたか(アウト)微妙で、判定に不服を唱える選手の姿は爽やかさを遠ざけた。 だからといって、“科学の目”に頼るのが最善策なのだろうか。 大勢は、時代の求める姿だ、ということになるが、日ごろ、テレビの“再生サービス”になれた「スポーツの見方」が、あらゆる面で主流となり、現場(競技会場)の素敵な風を受けながら、リビングルームと同条件を望むのは首肯しかねる。 屋内、外を問わず大型スクリーンの設置が常識化し、観客はいつの頃からか、大きなアクションが起きると“再生”を期待して、そちらに視線を向けるようになった。ピッチやダイヤモンドやコートでは、選手たちが活きた動作を示し、生きた表情を浮かべているというのに、だ。 そのシーンは、現場だけの格別のシーンであり、スポーツの醍醐味ではないか。 テニスでは、サービスの際どいボールにブザーで“判定”する方法が採られ、それなりの成果があった。どうしても画像でなければ、という理由は見つからない。 今回の方式は、アメリカンフットボールの「チャレンジ」に似て、選手は1セット内に2回、ビデオでのチェックを要求でき、判定が覆らないと、そのあとの権利を1回減らされる。多用による寸断を抑える目的だ。 3月アメリカでのワールド・ベースボールクラシック(WBC)では、ミスジャッジが話題となったが、これは審判員の質の問題であった。 ベースボールは、もともと微細な判定が多い。それが大騒ぎとならないのは審判眼の鋭さと観客の納得が重なっているからである。多くのスポーツで同じ姿勢がとられる。 ビデオテープによるテレビのリピート演出は、決して“判定装置”を目的にしたものではなかった。名シーンの再現を狙っての企画であった。カメラなどの小型化で、角度を変えての映像が、楽しさを増した。 現場には自分の探せる魅力が無数にある。選手も判定にこだわらず、その“ファンの目”を大切にすべきだろう―。 |