巨人の松井が大リーグに移籍する。それも他球団は獲得を諦め、ヤンキース入りが事実上決定したと伝えられている。関係者の多くは松井の成功を予想しているようだが、筆者はやや悲観的である。 技術云々を言っているのではない。わずかのところで三冠王を逃した松井の打力は大リーグでも十分通じるはずだ。ホームランバッターとしてよりも中距離打者として活躍する素地は疑いがない。 しかし、である。松井の「ものの考え方」に疑問を呈さずにはいられないのである。 具体的に言おう。松井は代理人なしでヤンキースとの交渉に望もうとしているが、この決断は大間違いである。 大リーグで野球をする以上、大リーグの常識に従うべきなのだ。筆者の知る限り、エージェントを持たない大リーグ選手はいない。松井はその常識外れを敢行しようとしている。エージェントの理念に反対するために風穴を開けよう、という覚悟なら理解はできるが、松井の場合はそうではない。ただ単に無知なだけである。 エージェントが担当するのは、年俸だけではない。それだけならエージェントなどいらない。大リーグの契約書には、怪我をしたときの待遇、シーズンオフの過ごし方、専属通訳はつけるのか、トレードに関する条項など、アメリカの法律に精通している専門家にしか交渉が出来ない事項が数多く含まれている。代理人の多くが弁護士であるのは偶然ではないのだ。松井が英語を話せるということは聞いたことがないので、通訳を通して自分で交渉するつもりだろうか。正気の沙汰ではない。 某スポーツ紙で、代理人を雇わない松井の決断を、「長嶋流クリーン金銭哲学」の継承だと賞讃していたが、勘違いも甚だしい。巨人の渡辺オーナーの代理人嫌いとも結び付けているが、辞める会社の社長に気兼ねして一体何になるというのか。 松井とその周りの人々には、代理人に関する理解が不足しているとしか言いようがない。代理人とは年俸をつり上げるためではなく、選手を法的に守るために存在するのだ。ヤンキースのGMが日本に来ると伝えられているが、早い話、彼は誰に会えばいいのか、わからないに違いない。フリーエージェントになった以上、松井に関して言えば、巨人の出る幕ではないのだ。 「知り合いの弁護士」を通じて話をする、ということだが、その「知り合い」はアメリカの事情をわかっているのだろうか。英語で丁々発止の交渉ができるのだろうか。 子どもの遊びではない。野球は大人のビジネスなのだ。これは松井の、ひいては日本人の「甘え」以外の何ものでもない。 エージェントはいらない、ということは、ヤンキースのペースで交渉する、ということを意味する。松井とその関係者は、「ヤンキースのことだから、こちらの悪いようにはしないだろう」と考えているだろう。これが松井の甘えであり、間違いなのだ。 自分が自己主張をしない限り、相手に有利な条件でものを運ばれても文句が言えないのがアメリカであり、大リーグである。 春から夏にかけてレンジャーズの「新守護神」と言われた伊良部はシーズン終了後にあっと言う間にクビになったし、あれだけ実績のある野茂にしても、1999年春、ブリュワーズとマイナー契約を結んだ時の年俸は前年の10分の1であった。前年度の10分の1で選手と契約する日本のプロ球団など、聞いたことがない。 アメリカで、野球はビジネスなのだ。ましてや「命を賭ける」ようなものではない。アメリカに乗り込んで行く以上、アメリカのやり方に従わなければ、損をするのは松井本人なのだ。 松井がヤンキースに入ったら、生き馬の目を抜くようなニューヨークでは松井の「やさしさ」が問題になるかも知れない、という記事を読んだことがある。全く同感である。「やさしさ」に「甘え」が加わったら、いくら松井といえども、勝機はうすい。 代理人なしで、自分で住まいを探し、通訳を通じての球団との折衝に神経をすり減らし、打撃不振に陥る松井の姿など目にすることのないように、祈るばかりである。 【編集部注】
上記原稿は15日時点で、ご寄稿いただいたものです。 松井選手は19日の会見にて、代理人を通した交渉に転換すると表明したとのことです。 |