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100号記念メッセージ

■vol.112 (2002年9月11日発行)

【杉山 茂】 醒めたかNBAドリーム
【早瀬利之】 PGAとJGTOは新人育成を一緒に考えよ
【須田泰明】 長野冬季五輪が残した「負の遺産」


◇醒めたかNBAドリーム
(杉山 茂/スポーツプロデューサー)

インディアナポリス(アメリカ)で行われていた世界男子バスケットボール選手権は、ユーゴスラビアの2大会連続5度目の優勝で幕を閉じたが(9月8日)、人気のアメリカは6位、内外に悲喜こもごもの話題を振りまいた。

〔悲・名誉目指す情熱欠ける〕
ドリームチーム不敗伝説が打ちのめされた。かつてのようにスーパースターこそ居なかったが、NBA(全米プロバスケットボール)の精鋭で固めたアメリカが、2次リーグでアルゼンチンにつまずかされ、バルセロナオリンピック(1992年)以来続いていたNBA選手出場国際試合の連勝記録は58でピリオドを打った。この段階では、まだ充分に優勝の望みは残っていたが、修正が利かず、続く準々決勝にも敗れてギブアップ。最終順位は6位と、史上最低のランクに終わってしまった。

シドニー・オリンピック(2000年)辺りから、「金メダル」や「世界一」といった名誉を目指す情熱に欠けはじめ、NBA自体もそうした場を利用するビジネスとしての世界戦略に、乗り気が薄れはじめていた。

それでも今回は"地元"。張り切るかと思えたが、燃えずに終わった。ファンも、NBA公式戦とは別物と割り切っているが、悪くとも決勝進出をあてこんだテレビ局は唇をかむばかり、だ。

〔喜・世界各地にドリームチーム〕 
ドリームチームの圧倒的な強さと人気が、かえってオリンピックや世界選手権への関心を一点集中化させてしまい、味気ないものとしていたが、今回は、ヨーロッパや南米から、NBAに所属しているトップクラスが、各国に散って、大会の「質」を高めた。優勝したユーゴスラビアにはストヤコビッチ、ディバッツ(ともにサクラメント・キングス)など、NBAのスターが顔を並べる。

外国勢が、試合前からドリーム軍団の華やかさに気後れしたり、終わると写真やサインをせがむ風景も少なくなった。NHL(北米プロアイスホッケー)のドリーム拡散の手法に先んじられていただけに、「世界の実力が飛躍的に伸びた。しかも平均化している」とFIBA(国際バスケットボール連盟)はご機嫌だ。

〔悩・どうなる日本大会のアメリカ代表〕
4年後の次大会は、初の日本開催(埼玉スーパーアリーナ)。関係者が招致にやっきとなったのも、アメリカ・ドリームチームの金看板をあてこんでこそである。

以前から、インディアナポリスが"ラスト・ドリーム"とささやかれ、日本大会は「チームUSA」の名によるNBA+学生勢かと心配されていた。

今回の惨状で、NBA側の熱は一気に冷めた印象だが、いや、リベンジを狙って、「真のドリームチーム」再編成の期待が、逆に浮上してきたとも。その前にアテネオリンピックが控える。

日本代表の実力と合わせて、当分、情報が飛び交い、悩まされそうだ―。

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◇PGAとJGTOは新人育成を一緒に考えよ
(早瀬利之/作家)

平成14年のPGA(日本プロゴルフ協会)主催のプロテスト(男子)最終テストは9月5日に愛知県の春日井CC東コースで行われ、215ストローク(-1)迄の41位タイ52名が合格した。しかし、今回、4Rを雨で中止したことは理解に苦しむ。

合格者をカテゴリー別で見ると、1番多かったのは研修会による推薦者で41名が合格した。2番目はアマチュア競技成績による推薦者の6名。3番目は各種連盟に加盟していないコースや練習場の研修者で、2名が合格。他に2次選考会からの出場者、高校・大学ゴルフ部在席経験者、研修会推薦又は各地区予選等で資格を得られなかった研修生が各1名である。

今回は最終テストに残った142名の内、研修会による推薦者が圧倒的に多かった。また、合格者も、研修会による推薦者が圧倒的に多く、全体の84%を占めている。

プロテスト合格者は、プロゴルファーとしての仕事ができる、いわば、資格テストだ。他に、「プロ宣言」して、プロとして生活している人もいるが、PGAのプロテストでは、PGAの会員となり、JGTO(日本ゴルフツアー機構)主催のクォリファイングトーナメントの受験資格も得られる。

ここまで書けば、一見して簡単に思えるが、最終プロテストまでにかかる受験料は、一説では100万円近い(旅費・宿泊費含め)といわれる。この他、PGAから分離独立したJGTOのクォリファイングトーナメントを受けて最終テストまで残ると、こちらは約60万円近い経費となる。仮に、今年のプロ合格者が、クォリファイングトーナメントの最終戦まで行くと、合格するのに160万円以上のお金がかかることになる。

「賞金が稼げる身なのだから安い投資だ。」という声が聞こえるが月額5万円で働く研修生達にとっては3年分の収入である。とても安い投資とは言えない。仮に、「安い投資」と言えど、初年で新人プロが2,000万円近く稼ぎ、次のシード権がとれる保証はない。前例として、沖縄から受験した宮里聖志の場合は、9月下旬にシード権をとったが、他の新人プロは、賞金にもありつけなかった。

もっとも「実力次第で、夢のある世界」ではある。だが、地獄が待つ世界でもある。日本では、かつて、尾崎将司(ジャンボ)が新人プロでデビューして、翌年5勝をあげた。今日のタイガー・ウッズを思わせるデビューだった。

中嶋常幸や倉本昌弘もそれに似ている。だが、ジャンボや中嶋の時も、プロ入りして半年間は研修生(プロの)という身で、トーナメントに出場できないシステムだった。

では、今日はどうかというと、やはり、12月のクォリファイングトーナメント最終戦まで、ツアーに出られない。むしろ、今日の方が、別のツアーテストを受けることになり、お金も、体もかかり、酷な状況にある。本来なら、PGA会員になった次の週から、成績トップ3名にツアー参加が許されるなど、新人デビューを早めてやれば、波に乗って、そのままツアーの世界に入って行けるが、残念ながらこの2つの団体は犬猿の仲で話し合おうとしない。

これでは新人プロは育たない。早く1本化するか、プロテスト合格者成績トップ3名の救済を、JGTOが受け入れるかしない限り、話題にもならない。この2つの団体、「本音は受験料欲しさ」とも言われ、新人育成など、頭から考えていないようで、利益団体に思えてならない。

新人育成のためにも、至急、大改造が必要である。

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◇長野冬季五輪が残した「負の遺産」
(須田泰明/スポーツニッポン新聞社編集委員)

やはり、そうだったのか。

しかし、それにしても長野冬季五輪が残した「負の遺産」は、想像以上に深刻ではないか。

「公共工事連発、冬季五輪のツケ重く」(毎日新聞)
「問われる公共工事、五輪特需の反動いまも」(日本経済新聞)

長野県知事選前の両紙特集で、期せずして異口同音の見出しが並んだ。「脱ダム宣言」から始まった、異例の知事不信任―失職―出直し選挙だったが、長野県を財政破綻寸前にまで追い込んだ長野冬季五輪とは、いったい何だったのか。雪と氷の「白の舞台」に描かれた感動の記憶はどこかに吹き飛び、閉幕直後に同県議会で県総務部長が同五輪の経済波及効果として「全国で4兆6000億円、県内で2兆4550億円」と推計した、その金額の白々しさを改めて思い出させた。

県債とは、つまり県の借金。県民の血税で返済していかなければならない。その借金の残高が今年度末見込みで1兆6593億円、長野五輪の招致が決まった1991年の実に2・33倍にも膨らむ。維持管理費が年間8億円を超える数々の巨大競技場のほか、長野新幹線や上信越自動車道……。

「20年分を一挙にやった」と長野市長が言い放ったツケは、起債制限比率(予算に占める借金返済の比率)が16%(2000年度末)を超えて全国ワースト2位。一方の貯金に当たる基金は03年度で底をつき、このままでは国の指揮下のもとで住民税を他県(標準税率)より高くするなどの措置をとる財政再建団体への指定が、すぐそこ2004年に待ち受けているのだ。

どの都道府県や市町村とも不景気の余波で財政は苦しい。東京都や大阪府は赤字だし、どこも地方債の増発で乗り切っているのが実情。五月に上梓した拙著「37億人のテレビンピック」(創文企画刊)で、ここまでは予想して書き込んでおいた。「黒字55億円」は、実は組織委だけの決算であり、総額1兆7700億円を超える関連経費のツケは間違いなく長野県民の上に重くのしかかってくる、と。あの感動は日本列島の全
国民を巻き込んだが、「宴の後」の払いは長野県民に多く集中するとも書いておいた。

だからといって、「五輪は開催するな」といっているのではない。そこが地元の開催反対派とは相容れないところだったが、問題は「どう開くか」なのだ。文字数の関係で具体論は省くが、過去10回の五輪取材歴から言わしてもらえば、古くは1972年札幌五輪、最近では1988年ソウルや1992年バルセロナ両大会のような「開発型五輪」では、官主導によるインフラ整備が色濃くても納税者の賛同は得易い。しかし、招致した約10年前は高度成長期を過ぎて、既に長寿高齢化社会が目前だった。同じインフラ整備でも五輪開催を絡めた巨額公金の投入は地域住民が納得しない。事実、長野県が財政再建団体に指定されれば、福祉関係の新しい事業は厳しく制限される。

長野五輪が残した最大の遺産は、新幹線ではなく高速道路でもない。個人的にはは田中康夫という作家知事の誕生だと勝手に思い込んでいる。もっと正確にいえば、過去40年もの間、旧自治省出身の元官僚知事が牛耳ってきた長野県政に、風穴を開けた県民意識の変貌だ。ボランティアと呼称しながら、実は県内の津々浦々に残る、戦前型の自治会組織から半強制的に動員をかけ、一方では大手ゼネコンやその下請けの地元土建業者から受注の見返りとしてこれまた動員させた人たちが大半を占めたのが、長野という「五輪の街」。そんな上意下達式の「お上」のような知事はもうたくさんだ、と。

返り咲きを果たした田中知事は選挙中に、「長野招致委員会の会計帳簿紛失問題の調査」を公約に再び掲げてきた。今後は公共工事の多い土木費を7%カットしたかわりに福祉の民生費を17%増やした(2002年度当初予算)政策の継続と同時に、長野五輪最大の汚点でもある帳簿問題という“闇”に、ぜひ切り込んでもらいたい。

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