「だからさぁ! ジャンプはスーツで飛ぶものじゃあ、ないんだってばぁ!」 オーストリアのエース、ビドヘルツルはあられが横殴りに顔を叩く大倉山で目を剥いた。 オーストリアはノルウェーを上回り、4人が計6勝している。そして、その秘密はジャンプスーツにあると、ドイツやノルウェーが批難している。ルール違反ではないとしても、反則だというのだ。 ジャンプスーツは今まで、日本の2社とドイツのマイニンガー社がほとんどのシェアを占めていた。そこに今季、オーストリアのシュナイダー社が新製品を引っさげて乗り込んで来た。これはオーストリアのノルディック部長、トニー・インナウアーが素材探しから3年かけて作ったもので、今季やっと満足のいくものができてAチームに着せているという。 柔らかくしかも張りのある素材、独自の工夫をこらしたカッティングはアプローチスピードを上げ、空中では風を逃がさない。それだけならいいが、他チームが怒っているのには理由がある。 一般人には想像もつかないが、ジャンプの用具は毎年大きく進化し、毎年何かしらが物議を醸している。ジャンプスーツでいえば、4年前にはアンダーシャツの背面に風を通さない素材を用いて背中を風船のように膨らませる選手がいた。だぶだぶのスーツを着て、ムササビのように風を受ける面積を大きくすることも流行った。 そこで、3年前からは「緩み」まで測定するようルールが変わった。しかも、毎年、許容される緩みが小さくなっている。今季は、襟口から股を通して襟口まで一周する「トルソ」の緩みは6センチとなった。 それなのに、オーストリア選手のスーツは、股の位置がずーんと落ちている。飛び終えてブレーキをかけているところなど、スーツの股が実際の股とヒザの中間点まで落ちている選手もいるほどだ。 スーツの裾の長さには規定はない。オーストリア選手は極端に裾を短くして、引っ張って伸ばしているのだ。 ジャンプスーツの裾にはゴムがついていて、靴の上からかけて捲れあがらないようにしている。オーストリアはゴムよりも伸縮性のない素材の紐にして、強力なスナップで裾に留めている。だから、紐を靴にかけたとき、グーンと伸びて、股が下がる。モモンガかムササビが出来上がり、下半身中央部に風を受ける部分が大きくなる。札幌で3位に入ったリーグルは、バスケットボールもクラブチームで続けてきたという194センチの長身だ。彼の、ヒザとの中間点まで下がったスーツの作り出す面積がかなりの飛距離を生み出していることは間違いない。 じゃあ、他の選手もマネをすればいい。ところが、日本製の素材や、マイニンガーの従来の素材では、そこまで伸ばしてしまうとパンパンに硬くなってしまってアプローチ姿勢がとれないのだそうだ。 用具開発では常にトップでなければ気がすまないドイツは、あの素材を発見したのはマイニンガーが最初だといい、早速、その新素材を新たなカッティングで縫い合わせたスーツをマイニンガーに作らせた。エースのハンナバルトやシュミットは日本には来ずに、世界選手権でオーストリアを負かすことだけを考えて、リレハンメルでスーツと新型スキーのテストに明け暮れている。 今季強くなったノルウェーも、マイニンガーに新しいスーツを作らせ、日本に乗り込んだ。日本選手との飛距離の差は、技量を差し引いても10mはあったかもしれない。 宮平は自ら工夫し、カッティングに細かい注文を出したスーツを日本に帰ってから受け取り、自分のイメージどおりのジャンプを手に入れた。アプローチスピードがグンと上がり、満足しているという。去年とは見違えるジャンプをしているノルウェー選手も口々に、「自分に合ったスキーとスーツだとこんなに飛距離が違うんだと驚いている」と言う。 日本も長野五輪の頃はスーツでは世界の最先端を行っていたし、優勝を重ねる選手たちは優先的に、最新モデルに細かい注文を入れて作らせたスキーを受け取っていた。 さて。2月中旬にイタリアはバルディフィエメで始まる世界選手権では、またもやアッと驚く《新型》の何かが登場して、今一番いいと言われているものを駆逐するのだろうか。 |