先週、2002年度ミズノスポーツライター賞の受賞作品が決まった。 最優秀作品には、昨年、アジア初のW杯ベスト4進出という偉業を達成した韓国を率いた、ヒディンク監督の軌跡を追ったルポルタージュ「ヒディンク・コリアの真実」(TBSブリタニカ)が選ばれた。著者は慎武宏(シン・ムグァン)氏である。 作品は、先ずW杯の共同開催国になったものの、日本に追い上げられてせっぱ詰まった韓国の実情を見据え、外国人監督の招聘が決まるまでの紆余曲折とヒディンクと選手達がいかに困難を越えたのか、その「真実」とは何かを丁重な取材力で検証している。著者は在日のライターであるだけに、韓国に対して公平で、冷静な見方が保たれた文章も歯切れが良く、読後感のさわやかな好書だ。 選評は、スポーツ・ノンフィクションの分野でこれまでにない視点と取材力をつけてきたライターが育ってきていることを実感させてくれる作品と、書き手の可能性と力を評価している。 それはさておき、出版界はデフレ不況の状態から抜け出せないまま、インターネットや携帯電話の普及、図書館、新古書店の利用拡大など様々な要因の影響をうけて、97年以降6年連続のマイナス成長となった。その中にあって、2002年の「スポーツ関係出版」の書籍刊行件数は1631点と前年に比べ26.8%の大幅増となった。 これは、W杯に向けたサッカー関係書籍が285冊(01年133冊)と前年に比べ倍増し、大リーガー「イチロー」本と根強い巨人軍の選手・監督ものが増えた野球関係書籍が、やはり前年より56冊増の203点と、増加したことが大きい。 当然のことながら、秋を迎えるまで書店のスポーツコーナー、新刊コーナーにはサッカーW杯関連の特設コーナーが設けられ、それらの書籍で埋め尽くされた観があった。しかも、書籍の大半は粗製乱造、便乗商法的出版のたぐい。日本に、こんなにもサッカージャーナリスト、ライターがいたのかと呆れるほど、内外のW杯に関する書籍が溢れていた。 内容をみると、おもに日本代表監督の戦術論や日本代表チームの戦力分析、選手の応援本、おどろおどろしいばかりの世界のスーパースターの絶賛本等々で、W杯の凄さやサッカーの素晴らしさを土壌にしたスポーツ文化の香りを感じ取れる作品はあまりにも少なかった。 これには、出版社の企画力の低下とマンネリ化も影響している。また、書き手の問題としてスポーツの背景にある政治、思想、歴史、社会、文化等の知識や認識の弱さと、本質に視点を当てそれを掘り起こす能力が欠けていることも大きい。 このところ、スポーツジャーナリストとの肩書きで、テレビメディアへの露出が多いスポーツライター諸氏の軽佻な発言とその域を出ない文章を見るにつけ、読むにつけ、日本のスポーツジャーナリズムがエンターテインメントとヒーロー主義とをないまぜにし、現状肯定迎合主義に陥る余り、批評性、評論性を失っていることに気付かされる。それは硬質なスポーツ・ノンフィクションが出ないことでも明らかである。 とは言え、前述で紹介した最優秀作品の他、優秀賞を受けた「チュックダン!」(双葉社/著者・河崎三行)は、日本サッカー史の中に埋もれたままの戦後の朝鮮人蹴球団の歴史に光を当て、日本社会におけるマイノリティとしての在日社会のスポーツ事情を浮き彫りにした、現場の息遣いと体温が伝わってくる、題材への嗅覚とアプローチが見事なルポルタージュ作品であった。 今回で13回目を迎えたミズノスポーツライター賞は、これからも健全なスポーツジャーナリズムを育み、スポーツ文化とスポーツ振興の担い手になる、正しい批評性をもったスポーツライター・ジャーナリストを発掘していきたい。 |