「自転車30分生活圏」という言葉に出会ったのは、東大教授・上野千鶴子さんの著書だったと思う。買い物その他、どこへ行くにも自転車で30分位で行けるところに住むのかがいい、地域との交流も増える、という主張だったと記憶する。リタイア後の生活には、ドンピシャリの生活原則だ、と思った。
市役所まで30分、図書館5分、孫娘を送り迎えする保育園7分、海岸にある9ホールのゴルフ場15分、そしてアクラブ藤沢25分―が、今の私の「自転車30分生活圏」である。「アクラブ藤沢」は少し前まで「金子スイミングクラブ」というクラブ名だった。
ひと昔前、競泳の五輪選手がここから育っていた。アテネ五輪では女子シンクロナイズド・スイミングに、2人代表選手を出している。
この「アクラブ藤沢」のメンバーになって、この6月で丸25年になった。家族会員として入会したので、子どもたちも学生時代まではここで泳いだものだが、今は私1人が利用している。今、会費は月9450円。
現役時代は日曜日の午後、2時間ほどかけて2000m泳いでいたが、今は4、50分で1000mプラス水中ウォーキング300m程度になった。最近は、週に2、3日泳ぐことが多い。
水泳を始めるまでは、辻堂海岸→江の島→藤沢駅というコースを、中国語会話のカセットテープを聞きながら、休日ごとに歩いていた。約10キロ少々の距離だったろうか。それをやめたのは、藤沢駅前が都市計画でキチンと整備され、歩いたあとの楽しみだった屋台のやきとり屋が姿を消したからである。
夕方5時過ぎ、10キロを歩き終えて、この屋台にたどり着くと、ときどき関西弁が聞こえたりした。近くの平塚競輪の“オッカケ”グループらしきおっさんが、冷や酒をあおって、大いにオダを上げていた。悪くない雰囲気だった。
屋台がなくなったので、歩く意欲がすっかりうすれた。何かかわりのものはないかと思っていたとき、近所の小学生がスイミング・スクールに通っているのを知って、聞いてみると、ウィークディの昼休みや日曜日の午後、自由に泳げるフリーメンバー・コースがあるというので、すぐ入会した。
入会して3ヶ月たった頃、翌年春に創刊する「スポーツグラフィック・ナンバー」の編集長をすることが決まった。私にとっては、ゲンのいいスイミングクラブということになる。
初めは100m泳いでは休む、ということの繰り返しだったが、次第に距離が伸びて2000mをノンストップで泳げるようになった。といっても1000m30分程度の速さだから、何ほどのこともない。
よく、マスターズを目指さないんですか、と訊かれたが、他人と競争しようという気持ちは初めからなかった。自分との競争、つまり自己記録向上の意欲もまるでなく、ただ、だらだらゆっくり泳ぐだけだ。速く泳ごうと思っても、ゆっくりしか泳げないのだから仕方がない。
水泳の効果は? と訊かれたら、泳いだあとの爽快感と、風邪をひかなくなったことだろうか。五十肩や腰痛を経験しなかったのも、水泳のおかげかもしれない。
仕事が忙しい時期は1ヶ月に1回しか泳げないこともあったが、とにかく飽きることもなく25年つづいている。20年目に「皆勤賞」で、金メダルを頂いた。
それにしても、プールには幼児を連れた若いお母さんたちと、あとは中高年の女性が殆どである。男性は寥々たるものだ。
最寄駅への送迎クラブバスの胴体に、最近、子どもたちがプールで元気よく遊んでいる大きなカラー写真がプリントされた。「アクラブ藤沢」とだけ書かれたマイクロバスに乗っていると、老人ホーム行きのバスかと誤解されるのがイヤだ、と中高年の女性たちからの声があって、急遽、スイミングキャップをかぶり、水泳パンツ姿の子どもたちの絵柄が車体にほどこされたようだ。こんなところにも、女性の元気さがうかがえる。
自転車と水泳とゴルフが、今、私のスポーツ生活である。 |