先日開かれた陸上日本選手権をテレビで見た。アテネ五輪代表選考会もかねているとあって、緊張感のみなぎるレースがくりひろげられ、大変おもしろかった。
その中で、女子5000mと10000mの代表に決まった福士加代子選手(ワコール)のインタビューの受け答えに驚き、笑いを誘われた。
10000mのあと、インタビュアーに「みごとな勝利でしたね」とマイクを向けられて、「よかったよかったよかったよかった、ハハハハ」と速射砲のように言葉を連発した。
名前がどうしても思い出せないが、男性の漫才師にこれと同じ口調・テンポの喋くり漫才がある。
5000mのあと、「これからの目標はなんですか」と訊かれて「今晩どれだけビールを飲むか、ということですかねェ」
アナウンサーを手玉にとる、煙に巻く、という感じだが、いつも笑顔で、カラッと明るい声とテンポの早さで、嫌味がない。毒がない。たくさん汗をかいたあと、カンラカラカラすべてを笑い飛ばすようなお喋りができるのは、大変なタレントであり、見るものまで笑いの渦に巻き込んでしまえるのも、ひとつの人徳というものだろう。
数年前、マラソンの渋井陽子選手にも福士選手と似た“お笑い系”のタレント性を感じたが、福士選手の方が一段と揮発度・乾燥度が高い。珍しいタイプのスポーツ選手だ。
こういう相手は、インタビュアーにとってはなかなか手ごわい。スポーツは昔から、血と汗と涙という湿気の強いコメントが多い。スポーツのいい話は湿度が高いということになれているインタビュアーは、福士選手のようなドライな“お笑い系”のタレントには、相当てこずるだろう。インタビュアーのあらかじめつくった質問のストーリーを、一瞬のうちに突き崩す意外性をもっているからだ。そういう意味では、福士選手はテレビ向きで、この感じは活字ではなかなか出しにくいだろう。
とぼける、というのではない。煙幕をはるというのでもない。普通は質問に対して考えて、ひと呼吸おいて慎重にゆっくり答える選手が大半である。
福士選手の場合は、故意に相手の質問をはぐらかそうとしているのではなく、「いま・ここ」にいる私の体感しているものが、反射的に口をついて飛び出してくるような感じだ。本心、ホンネを隠そう、という防衛的なものではなくて、自然に素直に「いま・ここ」にいる自分の気持ちをストレートに表現しているように見える。だから嫌な感じを受けないのだろう。
イチローがどんなボールにでもアジャストできる絶妙のバット・コントロールをもっている、というならば、福士選手はどんな質問でも思いがけない方向に弾き返してしまう天性のリップ・コントロールをもっている、といえようか。どちらも、本能、反射神経のおもむくままに、という意味のコントロール。
こういうタイプのタレントに対しては、インタビュアーは質問の軸をブレないようにすることが肝要だ。中心軸がしっかりしていれば、乱反射的な答えもいっそう輝きを増すだろう。 |