プロ野球界の“ドン”といわれてきた巨人の渡辺恒雄オーナー(78)が辞任した。理由は「明大・一場投手に200万円の『栄養費』を渡した」という野球協約違反の責任を取ってであるという。しかし、球界や同氏をよく知る人の間では、これを額面通りに受取る空気がない。
だいたい、「こんな(小さな)ことでオーナーが辞任なんて聞いたことがない」(中日西川球団社長)というのが一般的で、辞任発表の日にパ・リーグの小池会長が、「8月の6、7日に軽井沢で会ったとき、辞めたいといっていた。相当ストレスが溜まっているようだ」と語っているように、一場事件を辞める「いいきっかけ」にしたとみられている。
なぜ辞めたくなったのかは、「強引に1リーグ制を推し進めていることで読売新聞の不買運動をされることを恐れた」というのが決定的な理由だが、今のところ目立った不買運動の動きはない。
そんなところから、80歳近くなって、マスコミやファンの批判が老身に「応えた」のではないかという人がいる。「たかが選手が」「無礼な」などの発言に対するファンと選手会の猛反発、また、お膝元の巨人選手会が「1リーグ反対」の署名運動を行うなど、状況は最悪だった。
渡辺氏をよく知る新聞人はこんな見方をしている。 「ああみえてあの人は神経が細くてロマンチスト。大学を出たとき中央公論社にはいりたくて入社試験を受けたが、落ちた。その中央公論社が倒産しかけたのを買ったとき『若い日の実らぬ恋を成し遂げた感じだ』といっていた。けっして仇を討ったつもりではないんだ。根は純情。批判に耐えられなくなったのじゃないかな」
「巨人の高橋由伸選手会長に『大衆迎合的なことはしない方がいい』といった言い方や、『オレも若いときは共産党だったんだ。高橋はまだ若いな』などのセリフもロマンチスト丸出しだね。あの人の本心は『若いときは多少無軌道でもいい』というところにある。しかし同時にグループのトップとして足元から反発されては穏やかでない。相当応えただろう。神経が細く体面を人一倍考える人だし」
しかしこれと正反対に、「院政を引くために身を隠した」という見方も、当然のことながら根強い。 政治記者時代から同氏を知っている人。 「彼の名誉欲・支配欲・征服欲はもの凄く強い。今度オーナーに据えた滝鼻卓雄というのは社会部長経験者だけに、自分に降りかかってくる鉄砲の弾を受けさせる役に適任だ。しかもイエスマン中のイエスマン。だいたいあそこはイエスマンでなけりゃ偉くなれない会社だ。社長室長として野球の勉強もさせてきたが、滝鼻を通してプロ野球界を動かしていくつもりだろう」。
院政を敷いて何をやろうとしているのかというと、「1リーグにして北海道から九州にまで、読売新聞の販売の先兵としての巨人軍を派遣して、巨人戦の切符を武器に部数拡大をすること。そうやって歴代の社長の中でも屈指の大社長になることが最後の夢なのだろう」こういう見方に同調する球界関係者はかなりいる。
そんな夢の前に「読売新聞不買運動」などを起こされては大変だ。江川事件と長嶋解任で不買運動を起こされて、幹部から失脚した先輩を見てきている。少々のことでグループの会長から失脚することはなかろうが、人生の最後でミソをつけたくない。「ここは身を隠して汚点から逃げよう」というのが本当の心の中であるかもしれない。
どうあれ、スター不足の球界からまた1人、スターが消えていく。たとえ、いや、舞台の真ん中にいた悪役スターだったからこそ存在価値があって、光っていた。裏に回って“院政悪役”をするのは極めつきの“悪玉”だ。
身を隠したのならロマンチストとして静かに余生を送って欲しい。 |